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でおひでおの画室(旧)

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死亡通知 一

 玄関のあたりでコトンと音がした。郵便か何かが届いたのだろう。この音で目が覚めた男は時計を見るとまだ起きる時間ではなかったが、音の主が気になってベッドから立ち上がった。玄関ドアの郵便受けにあったのは、一通の白い封筒だった。表には○○○○様とある。男の名前だ。後は何も書いていない。差出人不明だ。切手も消印も無い。男は少し顔をしかめたが、取りあえず開封することにした。中には紙が一枚、
 
   

   ○○○○様
  あなたは○年○月○日○時○分に死亡したことを、ここに通知致します。


とだけ書かれていた。
 むっ、嫌な悪戯だ、誰がこんなものを、と男は紙を破り捨てようとしたが、ふと時計を確かめてどきりとした。○時○分ちょうどだった。正に今が○年○月○日○時○分だ。全く悪戯にしては出来過ぎている。自分が封を明けて中を読み、そして時計を見る時間までも計算して郵便受けに入れたのだろうか。だが音がしてすぐ様子を見に行く保障は無い。今日はたまたま見に行く気が起こったに過ぎない。まるで、あなたの選んだカードはこれでしょうと言って、事前に用意した封筒からカードを出して的中させる手品でも見せられているようだと男は思った。何かトリックでもあるのだろうか。気味が悪い。でも俺はこうしてちゃんと生きているじゃないか。
「フン、馬鹿馬鹿しい。」と男は呟いて封筒と紙片をくずかごに捨てた。

 

 部屋の中に良い匂いがしてきた。男が鼻唄交じりで食事の仕度をしている。一人暮らしが長いお蔭で好い加減ではあるが手馴れたものだ。作り終えると小さなテーブルに料理を運び、ふーと一息つきながら腰を下ろし、下ろしたと同時にテレビを付ける。   
 しばらくして何かが変なのに男は気付いた。そろそろいつもの番組が始まる頃だ。今日は少し早く起きたせいで前の時間帯の番組をやっているのだと思っていたが、いつまで経っても見たい番組が始まらない。チャンネルを間違えたのだろうか。いや、合っている。それとも別番組に変わったのだろうか。男は時間を確認しようとベッドの脇にある時計を振り返ってから自動的に頭を戻しかけたが、目に入った時計の文字盤にぎょっとして思わずまた見直した。○時○分のままだった。電池切れか。急いで掛けてある上着のポケットの腕時計を掴んだ。○時○分。まさかこれも電池切れということは無いだろう。
 男は深呼吸してから二つの時計をもう一度じっくりと観察した。時計は止まっているものと思っていたが良く見ると秒針は動いていた。しかし秒針が十二時のところを過ぎても他の針は動かないで○時○分のままである。徒ら
に秒針だけがぐるぐると回っているのだった。そしてぐるぐる回っている時計を見ていると、男は思考が停止して本当に時間が止まってしまったような感覚に陥った。いや、しっかりしろ。そんなことある訳無いじゃないか。誰かが俺がいない間に時計を細工したに違いない。そして変な封筒を入れて行ったんだ。そう自分に言い聞かせた。
 
 男は仕事に出掛けることにした。外に行けば時間も分かるだろう。いつもの景色の中を歩き始める。何も変わりは無い。と思ったものの、待てよ、空が妙に明るい。起きてから少なく見積もっても一時間半は経っているはずだ。ならばこの季節もう少し暗くなっている頃じゃないだろうか。それともまだ一時間も経ってないのかな。
 不安な気持ちは男を足早にさせた。とにかくちゃんとした時間が知りたい。そして落ち着きたい。本屋が目に入った。早速中に入る。何度か来ている店なので時計の場所は覚えている。レジの後ろだ。男は一拍間を置いてから時計の方へ顔を向けた。何の変哲も無いその時計はさも当然のように○時○分を指していた。店内も客がごく普通に本を見たり店員が普段通りに立ち働いているだけである。おかしい。この人達は何なんだ。店ぐるみ
で俺を騙しているんじゃないだろうな。それとも自分がおかしくなってしまったのか。男は慌てて店を出ると小走りに駆けて行った。
 コンビニ、靴屋、ドラッグストアー、魚屋、スポーツ用品店、花屋、文房具店、時計店!と手当たり次第に覗いて見たが、どこも男の期待を裏切った。そうこうしている内に駅前に男は着いていた。ロータリー越しに見える駅舎の時計も○時○分である。男は駅前のデパートに入るとエスカレーターを駆け上がるようにして五階にある喫茶店へと急いだ。喫茶店の入口が見えると漸く少し歩を緩め、平静を装いながら店内に入った。

 

 ここは男が夜勤の前に立ち寄る店である。仕事前の一杯のコーヒーがささやかな愉しみだった。店員も顔見知りだ。男は注文する時にさり気無く時間のことを聞けば良いと考えていた。ところが全く注文を取りに来る様子が無い。じりじりとしてすぐさま店員に声を掛けようとしたその時、向かいの席に年配の男性が座った。
「あの、すみません。何か御用ですか?」
 相手は無言のままである。
「他にも空いているテーブルがあるんだし、用が無いなら余所へ移ってもらえませんか?」
ともう一度言うが、男のことなど眼中に無いという風情だ。すぐにウェイトレスがやって来て老人の前にだけ水を置いた。           
「ホットコーヒー。」
「ホットコーヒーお一つですね。かしこまりました。」と言ってウェイトレスは踵を返した。呆気にとられた男は慌てて、
「おい、待ってくれよ。それは無いだろう。こっちは前からいるんだ。何で俺の方は無視するんだ。」と言いながら立ち上がり、女の後を追った。
「ちょっと待てって言うのに、聞こえないのか!」
 語気を荒げるがウェイトレスは全く振り返りもしない。男は横から追い抜いて女の正面に立った。押し止めるように彼女の腕を掴み、
「ひどいじゃないか!何度も言っているのに。どういうつも・・・」と言い掛けて男はたじろいだ。女は男のことがまるで見えていないようだった。男が思わず手を離すと女はそのまま厨房の方へ向かい、
「ホット一つ。」と声を掛けた。               
 これは演技なのだろうか。さっき書店で男が思ったように皆で騙しているのだろうか。男は店中に響く声で叫んだ。
「どういうことだ!皆で俺を笑い者にしようというのか!聞こえてるんだろう?何か言ったらどうなんだ!」
 近くのテーブルをバンバン叩いて怒鳴ったが、誰一人として男の方を見る者も無く、軽音楽が流れる中を穏やかな午後の喫茶店の風景が広がるだけであった。 

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初めてのヤージーレース

 ぼくの村では大体どこの家でもヤージーを飼っている。ヤージーは山羊と羊の中間みたいなやつだ。だからみんなヤージーと呼んでいる。
 春になってヤージーの毛が生え変わるころに、それまでの冬の毛を取るのが面白い。ヤージーは薄茶色をしてるけど、首のところだけ黒くて丸い輪を付けているように見える。その黒い輪のあたりから手でめくっていくと、くるりと上手く毛が取れるんだ。
 ぼくの村はヤージーの毛で有名だ。でも最近は外国の人たちが村のどこかに大きなヤージー牧場を作って商売を始るうわさがあるとじいちゃんが言っていた。ヤージーは村の人たちの宝だ。そんなことは本当に止めて欲しい。
 それはともかく、村が一番盛り上がるのは、何と言っても年に一度のヤージー祭りだ。この日は朝から笛やら太鼓やらにぎやかな音楽があちこちから聞こえてくる。出店もたくさんあって、いつもは見ることの出来ない珍しい品物や食べ物も並ぶし、サーカスもやってくる。
 そして祭りの最大の山場がヤージーレースだ。ヤージーレースと言えばヤージーが走ると普通は思うかも知れないけれど、ぼくの村がすごいのは、人間がヤージーをかついで走るんだ。こんなのはめったにないと思う。目立とうとして二匹いっぺんにかついで走る人もいるんだ。一番になった選手はもちろん村のヒーローであこがれの的だ。
 このヤージーレースにとうとうぼくも出ることに決めた。レースは十二才から出場出来るんだけれど、もう少し大きくなってから参加する子が多い。でもぼくは一回でもたくさんレースに出たいから今年からにしたんだ。
 さてヤージー祭りの当日、いつもだったら友だちや家族と屋台を回ったり、ヤージーレースを見たりして楽しいだけだったけど、今回はもう自分が生まれて初めてレースに出るから、朝から何だかずっとそわそわしてた。ごはんも何食べたか良くおぼえていない。
 夕方近くになって村中にサイレンの音がでっかく鳴ると、みんなスタート地点の広場にぞろぞろと集まってくる。ぼくら出場する選手たちは少し前からもう準備していて、今か今かと待っている。まわりの選手は大人が多くて強そうだ。当たり前だけど自分が一番年下で、こんなんなら来年出れば良かったかと少し弱気になった。でも今さら引き返せない。
 そんな風に思っていたら、係の人がスタートラインに着くよう言いにきた。とうとう始まる。広場は観客でいっぱいだ。父さんや母さんも見にきてるはずだけど、ぼくはドキドキしていて探すどこじゃなかった。
 バァン!ピストルが鳴った。ぼくはヤージーをかつぎ上げてかけだそうとした。あー、こんな時に限って、ヤージーが暴れてうまく持てない。一番小さくて大人しそうなのを選んだのに、きっとピストルの音に驚いたんだと思う。やっとぼくが走り出した時には、もうみんなだいぶ前を走っているのが見えた。ぼくは必死になって追いかけた。
 広場を出ると村のまわりに広がる草原にまっしぐら。草原にはところどころに旗が立っていてコースが出来ている。いつも遊んでいる場所なのに、ヤージーを持ちながらだとこんなにアップダウンがきつかったのかと思った。それでもしばらく走っていたら、やっと前に追いつくことが出来てホッとした。他の人たちもやっぱり時々ヤージーが逃げたりして遅れたみたいだった。
 コースも真ん中ぐらいになると、あんなにいた観客の人も少なくなるけれど、ここが一番のがんばり時だ。足も疲れてきたけど、何よりも肩や手が痛い。子供のヤージーでもけっこう重いんだ。あー、手が痛い、ヤージーを下ろして休みたいなぁ、そう思っていると少し前の選手が休んでいるのが見えた。それなら、とぼくも少し休んだら後ろから抜かされてしまった。急いでヤージーをかついでまた走り出した。
 もう本当に限界だなぁ、もう前に進んでいるのかも分からなくなってきた頃、給水地点にやってきた。でもこれで水が飲めると思ったら大間違いで、これはヤージーに飲ますために出来ているんだ。高い台の上に水が入った長いおけみたいのが置いてあって、ヤージーを持ち上げて飲ますんだ。ぼくは一度ヤージーを下ろして息を整えてから、えいっと勢いよくヤージーを持ち上げた。ヤージーはがぶがぶ飲んだよ。それからわざとヤージーをわさわさゆすってやって水をバシャバシャこぼすんだ。それでぼくもやっと水が飲めた。
 水を飲んだら少し力が回復した気がした。ヤージーも落ち着いて静かになったし、lリズムが出てきてまだまだ走れるという感じがしてきた。だんだんまた観客が増えてきて、ゴールが近いのが分かった。たまに歩いてる選手もいて、ぼくは遅いながらも抜かしていったよ。
 草原から村にもどって、ゴールはもうすぐた。ぼくはちょっと余裕が出てきて、このままいけばビリにはならないと思いながら走った。そしてちょうど通りの角を曲がった時だった。急にぼくの名前を呼ぶ声が聞こえたんだ。そっちの方を見たら、同じクラスの女の子たちがニ、三人で声をそろえてぼくを応援してたんだ。びっくりしたの何の。こんなこと初めてだし。だいたい一度も話したことない子たちなのに、どうしてだろう。ちょっとうれしくなったけど、ビリの方だからもっと速かったらいいのになと思って、あまりそっちの方は見ないで走り過ぎた。
 ゴールが近い。広場が見えた。観客もいっぱい見える。きっと父さんや母さんや弟たちも待ってるんだろうな。今度は本当にうれしくなってきた。
 もう倒れそうだったけど、最後の力をふりしぼって走った。そしてついにゴール。やったー!ぼくとヤージーは噴水池に飛び込んだ。ヤージーレースのゴールは噴水池なんだよ。これもぼくの村ならではと思うんだ。ゴールと同時にヤージーを洗ってあげるんだ。ぼくも汗やどろでベタベタだったからすごく気持ちよかったなぁ。疲れも吹っ飛ぶようだった。
 順位はやっぱり後ろの方だったけど、父さんもうれしそうな顔をしてたし、ぼくも誇らしい気分でいっぱいだった。やっぱりレースに出場してよかったと思った。
 家に帰るとじいちゃんに報告して、それからみんなでごちそうを食べた。 後はばったりと夢も見ないでぐっすり眠った。きっとこの日のことはずっと忘れないと思う。
 また来年も絶対にヤージーレースに出よう。

10分と10年

 とある南の島、サトウキビ畑が点在する田舎道を若いカップルが歩いている。男は大荷物を抱え、女の後ろを遅れながら付いて行く。汗だくだ。どうやら二人は道に迷ったらしい。すると道から少し入った所に一軒の民家を見付けた。
「あの家の人に聞いてみましょう。」と女は言うと、すぐにそちらへ歩みを変えた。
 玄関前に着いた。この地方独特の低い屋根の平屋だ。二人は代わる代わる声を掛けたが、するのは風の音ばかりで静まり返っている。留守のようだ。
「ちょっと庭の方に回ってみましょうよ。」
 女は言い終わらぬうちにもう家の脇へ消えて行った。男は仕方なさそうに後を追う。
「うわー!いいじゃない。こんなところに住みたいわ。」
 こじんまりとはしているが、ぽっかりと開けた庭は南国の木々で取り囲まれ、ところどころ隙間からは海が望めた。
「あっ、ここ開いてるわ。涼みに入らせてもらいましょうよ。」
 男は慌てて、
「それはいくら何でも駄目だよ。止めようよ。」
「大丈夫よ。ただ休ませてもらうだけなんだから。もう足がくったくたよ。」
 女は男の制止も聞かずにつかつかと開いた掃き出し窓から入って行った。男も止む無しという感じて荷物を運び込み、後に続いた。そこはキッチンの付いた広めの洋間だった。中は思ったよりも近代的だ。
「さあ窓を開けましょう。誠司、向こうの方を開けて来て。」
 男の名は誠治と言うらしい。彼は言われるがまま道路側の窓を開けた。ちょうどその時、誠司の目に一台の軽トラックが飛び込んで来た。軽トラックは田舎道を右手から二人がやってきた方へ走っていたが、彼に気が付いたのか、速度を落としこちらを窺うように見えた。はっとして誠司は顔を引っ込め、じっと身を硬くして耳を澄ませた。どうやら軽トラックは行ってしまったようだ。
「やばいやばい、愛美ぃ。今軽トラに見られちゃったかも。もう早く出たほうがいいよ。」
 愛美と呼ばれた女は、
「馬鹿ねぇ。コソコソしてると逆に変に思われるわよ。堂々としてればいいのよ。お客が来てると思うかも知れないじゃない。」と全く動じない。良く平気でいられるなと半ば呆れながら誠司は、
「そうだ、ちょっとトイレ借りてくるわ。」と部屋を出た。
 用を足して水を流そうとレバーに手を掛けたその時である。車のエンジン音が次第に大きく近付いて来るのに気が付いた。誠司はトイレの水はそのままに、
「来た来た来た!帰って来た!今度こそ、やばいやばい。」と声を潜め早口で言いながら部屋に戻ると、荷物を掴んで庭に駆け下り木の陰に隠れた。
 しばらくしてから、愛美は大丈夫だろうか、誠司は中の様子を見ようと庭を回り込んで家に近付いた。そこは短い廊下で繋がった、別棟の風呂場らしかった。人影が動いて男の咳払いか何かが聞こえ水の音がした。そうだ、今のうちに、と誠司は部屋へと急いだ。窓の外にはまだ愛美の靴があった。
「早く行こう行こう!」
 息せき切って戻った誠司は我が目を疑った。愛美がキッチンで料理をしていたのだ。
「おいおい、何考えてるんだよ!」
「あ、誠司、大丈夫だった?今ここの人がお風呂に入ってる間にちゃちゃっと作って持ってこうと思って。」
「うわー、信じられないよ。そんなのほっといて早く行かないと。もう僕は先に出て待ってるからね!」
 誠司は気が気でなくなり、慌てて荷物を抱えて外に飛び出した。
 愛美はなかなか出て来ない。誠司は物陰に隠れて、暑さのためとは別の、嫌な汗を流しながらじっと待った。と男の伸びをする時のような声が聞こえたかと思うと、既に廊下を母屋に向かって歩き出したようだった。
 もう上がったのか、どうしようどうしよう、早く知らせないと、誠司は焦った。頭の中で計算する。自分が愛美のところに辿り着くのと、男が戻るのと、どう考えても間に合わないと思った。今行けば鉢合わせになる。どうしようどうしよう。誠司は固まり、その場から動く事が出来なくなってしまった。
 家の住人が風呂を出てから10分が経とうとしていた。誠司はじっと外で様子を窺っている。不思議な事にあれから物音一つ聞こえない。愛美はどうしたろう。どこかに隠れたのだろうか。彼女の事だから住人に何か上手い言い訳でもして難を逃れたのだろうか。あるいは他の所からもう外に出たんだろうか。それとも家の男に掴まってしまったのか・・・。誠司はさっき何ですぐに駆け付けなかったんだろうと悔やんで堪らなくなった。

 
 

 それから更に10年が過ぎた。南の島のあの家は今も同じ場所に建っているが、無人のようだ。誠司は、愛美は今どうしているだろうか。はたまた家の住人は。あれから彼らがどうなったか、無人の家は何も教えてくれない。ただあの時と同じように風だけが吹いている。


 


 

  私は悪くないんだ。なーんにも悪くないんだよ。
  大体せがれは結婚してから優しくなくなったし、嫁はほら結局他人じゃないか、別に酷いことするってんじゃないけ  ど冷たいもんさ。
  もう私も年で出歩けないから、昼間は一人ぽっちさ。
  あー、あの人さえ生きてたらねぇ。こんなこともないのにねぇ。
 

  ある午後もまだ早い頃、青年が停留所でバスを待っていた。彼はふと、何か変な声が聞こえるのに気が付いた。何だろう。この奇妙な、この世の物でないような声は。振り返ると、彼の方へ、おばあさんがまるで幽霊のように両手を前に伸ばしながらゆっくりと歩いて来るのだった。
「助けてぇ・・・ 助けてぇ・・・」
 おばあさんは、そうつぶやきながら青年のすぐ隣までやって来た。しかし青年の方を見るということもなく、ただ彼の周りをつぶやきながら巡るのだった。青年は堪らなくなり、
「どうしたんですか?」と声を掛けた。
「助けてぇ・・・」
「大丈夫ですか?どうなさったんですか?」
「助けてぇ・・・」
  青年は困った顔をしながら、
「あのぉ、お家はどこですか?どこから来たんですか?」と言うと、漸くおばあさんは彼の方を向いて、
「お腹すいたぁ・・・ 朝から何も食べてない・・・」
「家は遠いんですか?」
「お腹すいた・・・ 何か食べさせてぇ・・・」
「お家に誰かいないんですか?」
「誰もいないよ・・・」
「ここから遠いんですか?」
「分からない・・・」
「弱ったなぁ。僕もこれから出掛けるところだし、」と青年が言う横をバスが到着した。彼は少し考えた後、運転手に通過してもらうようジェスチャーすると、
「それじゃあ、取りあえずあそこのコンビニで何か食べる物を買いましょう。」
  二人は通りの向かい側にあるコンビニに入った。
「何が良いかなぁ。おにぎりにします?」
「パンが良い。」
「飲み物は?」
「何でも良い。」
  コンビニを出ると、おばあさんに菓子パンと牛乳を渡しながら青年は、
「これ食べてちょっと待っててね。今電話するからね。」と言い携帯を開いた。おばあさんは礼を言うこともなく、早速パンを食べ始める。
  さて、どこに掛けようか。そうだ、役所にでも言ってみよう。市役所に電話をして事情を話すと、福祉課に繋がれた。またそこで改めて説明をする。
「ええ、そういう訳でおばあさんを保護して頂きたいんですが。・・・えっ、そういうことはやっていない・・・・業務に入っていない・・・では、どうすれば良いんですか?僕もこれから用事があるんですよ。・・・警察、そちらから警察に連絡してくれるんですね?・・・えっ、それもしない?自分で連絡しろと・・・」
 何だ。役所は何もしないのか。憤慨しながらも、仕方がない、青年は110番をした。五分もしないうちにパトカーが到着した。
「おばあさん、今おまわりさんが来たからね。後はおまわりさんが良くしてくれるからね。」
 そう言うと、やっと青年はホッと一息ついた。そしてやや太り気味の中年の警察官がパトカーから現れた。
「ちょうどパトロール中で近くを通っていたから良かった。で、どうされました?」
 青年は手短に、都合四度目の同じ説明をした。警察官は笑みを浮かべながら言った。
「なるほど、良く分かりました。通報有難うございました。では報告書に書くので、名前と住所を教えて下さい。」
「あ、はい。」
 青年は心の中で、そんなこと言わないといけないのか、でも警察が相手だから仕様がないか、と思いながら正直に答えた。横目で見ると、もう一人の警官がおばあさんをパトカーに乗せている。
「生年月日も教えて下さい。」
 青年は思わずハッとしたが、平静を装って聞いた。
「えっ、生年月日もですか?」
「ええ、決まりですから。」と警察官は笑顔で答える。青年は何だ、良いことをしたのに、これでは犯罪者みたいだ、と答えながら思った。
「分かりました。どうも有難う。これでもういいですよ。」と警察官は言ってから、今度は幾分にやにやしながら続けた。
「いやぁ、あなたもちょっとした災難でしたねぇ。実はね、あのおばあちゃん、今回が初めてじゃないんですよ。もうこのすぐ裏に住んでいしてね。ご家族も一緒にいるんですが、ああやって出て来てしまって、この前の時もおばあちゃんには注意したんだけど・・・。また今度もよく言っときますから。今回はどうもご苦労さんでした、それでは。」
 そうか。それじゃあ、何だかあのおばあさんに騙されたみたいだな。でもあのまま見過ごせなかったしなぁ。青年は釈然としないまま何本遅れかのバスに乗り去って行った。

  
  私は悪くないんだ。なーんにも悪くないんだよ。
  むしろ被害者なんだから。
  助けてぇ・・・
  助けてぇ・・・

 

 

柔らかい夜

 ある夕方、健一は学校から帰る途中だった。なぜか横断歩道の真ん中で、作業服を着た男が通せんぼをするように仁王立ちしている。信号が青になると、健一は男の横をスッと胸を張って通り過ぎた。
 その直後、健一は自分の背後に何かを感じた。何か柔らかい感触。歩く度に彼は背中に柔らかいものが当たるのを感じた。彼の後ろに身体を密着させて女が歩いていたのである。健一からは女の姿は分からなかったが、モデルのような身体を想像した。
 しばらくすると、健一は女と自転車に乗っていた。夢見心地の彼は、どちらが前に乗っているのか、後ろに乗っているのかも判然としなかった。ただ相変わらず女の身体を感じていた。
 そしてぼんやりしたまま、もしかしたらこの人とやれるかも知れない、という考えが頭に浮かんだ。しかしそれと同時に昨晩自慰したことを思い出した。上手くいかないかもしれない。そして思わず健一は、
「実は昨日オナニーしたんだ。」と口走ってしまった。女は無言のままだった。
 辺りはすっかり暗くなり、田んぼが広がる中を二人が乗った自転車が音も無く進む。すると暗闇に薄っすらと白く浮かぶ建物が見えてきた。健一は学校の校舎のようなその建物の脇に植込みを見付けると、あの蔭が良いと思った。彼はずっと事に及べそうな場所はないかと目で探していたのだった。
 自転車はその建物の敷地に吸い込まれるように入って行く。そこは果たして、とある高校であった。自転車を降りた健一は初めて女を見た。制服姿の女子高生だった。そこへ男子生徒と女子生徒が横を通りかかった。彼女は二人に声を掛け、健一の方を軽く指差したので、健一は仕方なく会釈した。
 彼等が行ってしまうと、漸く健一はまじまじと目の前の少女を見ることが出来た。中肉中背、白い足が艶かしいが、特別にスタイルが良い訳ではない。少し擦れたような、醒めた眼が青白い顔から鋭く覗いている。勉強も得意そうには見えない。童貞を失うのはもうちょっと可愛らしいタイプの子の方がなぁ、でもせっかくのチャンスだから良いか、などと健一が考えていると、突然少女は、
「ホテル行く?」と言った。
 不意を突かれた健一は少なからず動揺した。余りに直截的な言葉だったし、第一そんなお金は持っていない。彼はずっとそこら辺の茂みでしようと思っていたのだから。
「もう今日は遅いから、今度映画でも見に行かない?」
 そう苦し紛れに答えると、途端に少女は若い男の姿に変わってしまった。小学校時代の旧友に似た顔をしていた。健一はがっかりすると同時に少しホッとしながら、その男を相手に映画の題名を挙げ始めた。

 

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