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死亡通知 一

 玄関のあたりでコトンと音がした。郵便か何かが届いたのだろう。この音で目が覚めた男は時計を見るとまだ起きる時間ではなかったが、音の主が気になってベッドから立ち上がった。玄関ドアの郵便受けにあったのは、一通の白い封筒だった。表には○○○○様とある。男の名前だ。後は何も書いていない。差出人不明だ。切手も消印も無い。男は少し顔をしかめたが、取りあえず開封することにした。中には紙が一枚、
 
   

   ○○○○様
  あなたは○年○月○日○時○分に死亡したことを、ここに通知致します。


とだけ書かれていた。
 むっ、嫌な悪戯だ、誰がこんなものを、と男は紙を破り捨てようとしたが、ふと時計を確かめてどきりとした。○時○分ちょうどだった。正に今が○年○月○日○時○分だ。全く悪戯にしては出来過ぎている。自分が封を明けて中を読み、そして時計を見る時間までも計算して郵便受けに入れたのだろうか。だが音がしてすぐ様子を見に行く保障は無い。今日はたまたま見に行く気が起こったに過ぎない。まるで、あなたの選んだカードはこれでしょうと言って、事前に用意した封筒からカードを出して的中させる手品でも見せられているようだと男は思った。何かトリックでもあるのだろうか。気味が悪い。でも俺はこうしてちゃんと生きているじゃないか。
「フン、馬鹿馬鹿しい。」と男は呟いて封筒と紙片をくずかごに捨てた。

 

 部屋の中に良い匂いがしてきた。男が鼻唄交じりで食事の仕度をしている。一人暮らしが長いお蔭で好い加減ではあるが手馴れたものだ。作り終えると小さなテーブルに料理を運び、ふーと一息つきながら腰を下ろし、下ろしたと同時にテレビを付ける。   
 しばらくして何かが変なのに男は気付いた。そろそろいつもの番組が始まる頃だ。今日は少し早く起きたせいで前の時間帯の番組をやっているのだと思っていたが、いつまで経っても見たい番組が始まらない。チャンネルを間違えたのだろうか。いや、合っている。それとも別番組に変わったのだろうか。男は時間を確認しようとベッドの脇にある時計を振り返ってから自動的に頭を戻しかけたが、目に入った時計の文字盤にぎょっとして思わずまた見直した。○時○分のままだった。電池切れか。急いで掛けてある上着のポケットの腕時計を掴んだ。○時○分。まさかこれも電池切れということは無いだろう。
 男は深呼吸してから二つの時計をもう一度じっくりと観察した。時計は止まっているものと思っていたが良く見ると秒針は動いていた。しかし秒針が十二時のところを過ぎても他の針は動かないで○時○分のままである。徒ら
に秒針だけがぐるぐると回っているのだった。そしてぐるぐる回っている時計を見ていると、男は思考が停止して本当に時間が止まってしまったような感覚に陥った。いや、しっかりしろ。そんなことある訳無いじゃないか。誰かが俺がいない間に時計を細工したに違いない。そして変な封筒を入れて行ったんだ。そう自分に言い聞かせた。
 
 男は仕事に出掛けることにした。外に行けば時間も分かるだろう。いつもの景色の中を歩き始める。何も変わりは無い。と思ったものの、待てよ、空が妙に明るい。起きてから少なく見積もっても一時間半は経っているはずだ。ならばこの季節もう少し暗くなっている頃じゃないだろうか。それともまだ一時間も経ってないのかな。
 不安な気持ちは男を足早にさせた。とにかくちゃんとした時間が知りたい。そして落ち着きたい。本屋が目に入った。早速中に入る。何度か来ている店なので時計の場所は覚えている。レジの後ろだ。男は一拍間を置いてから時計の方へ顔を向けた。何の変哲も無いその時計はさも当然のように○時○分を指していた。店内も客がごく普通に本を見たり店員が普段通りに立ち働いているだけである。おかしい。この人達は何なんだ。店ぐるみ
で俺を騙しているんじゃないだろうな。それとも自分がおかしくなってしまったのか。男は慌てて店を出ると小走りに駆けて行った。
 コンビニ、靴屋、ドラッグストアー、魚屋、スポーツ用品店、花屋、文房具店、時計店!と手当たり次第に覗いて見たが、どこも男の期待を裏切った。そうこうしている内に駅前に男は着いていた。ロータリー越しに見える駅舎の時計も○時○分である。男は駅前のデパートに入るとエスカレーターを駆け上がるようにして五階にある喫茶店へと急いだ。喫茶店の入口が見えると漸く少し歩を緩め、平静を装いながら店内に入った。

 

 ここは男が夜勤の前に立ち寄る店である。仕事前の一杯のコーヒーがささやかな愉しみだった。店員も顔見知りだ。男は注文する時にさり気無く時間のことを聞けば良いと考えていた。ところが全く注文を取りに来る様子が無い。じりじりとしてすぐさま店員に声を掛けようとしたその時、向かいの席に年配の男性が座った。
「あの、すみません。何か御用ですか?」
 相手は無言のままである。
「他にも空いているテーブルがあるんだし、用が無いなら余所へ移ってもらえませんか?」
ともう一度言うが、男のことなど眼中に無いという風情だ。すぐにウェイトレスがやって来て老人の前にだけ水を置いた。           
「ホットコーヒー。」
「ホットコーヒーお一つですね。かしこまりました。」と言ってウェイトレスは踵を返した。呆気にとられた男は慌てて、
「おい、待ってくれよ。それは無いだろう。こっちは前からいるんだ。何で俺の方は無視するんだ。」と言いながら立ち上がり、女の後を追った。
「ちょっと待てって言うのに、聞こえないのか!」
 語気を荒げるがウェイトレスは全く振り返りもしない。男は横から追い抜いて女の正面に立った。押し止めるように彼女の腕を掴み、
「ひどいじゃないか!何度も言っているのに。どういうつも・・・」と言い掛けて男はたじろいだ。女は男のことがまるで見えていないようだった。男が思わず手を離すと女はそのまま厨房の方へ向かい、
「ホット一つ。」と声を掛けた。               
 これは演技なのだろうか。さっき書店で男が思ったように皆で騙しているのだろうか。男は店中に響く声で叫んだ。
「どういうことだ!皆で俺を笑い者にしようというのか!聞こえてるんだろう?何か言ったらどうなんだ!」
 近くのテーブルをバンバン叩いて怒鳴ったが、誰一人として男の方を見る者も無く、軽音楽が流れる中を穏やかな午後の喫茶店の風景が広がるだけであった。 

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