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でおひでおの画室(旧)

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10分と10年

 とある南の島、サトウキビ畑が点在する田舎道を若いカップルが歩いている。男は大荷物を抱え、女の後ろを遅れながら付いて行く。汗だくだ。どうやら二人は道に迷ったらしい。すると道から少し入った所に一軒の民家を見付けた。
「あの家の人に聞いてみましょう。」と女は言うと、すぐにそちらへ歩みを変えた。
 玄関前に着いた。この地方独特の低い屋根の平屋だ。二人は代わる代わる声を掛けたが、するのは風の音ばかりで静まり返っている。留守のようだ。
「ちょっと庭の方に回ってみましょうよ。」
 女は言い終わらぬうちにもう家の脇へ消えて行った。男は仕方なさそうに後を追う。
「うわー!いいじゃない。こんなところに住みたいわ。」
 こじんまりとはしているが、ぽっかりと開けた庭は南国の木々で取り囲まれ、ところどころ隙間からは海が望めた。
「あっ、ここ開いてるわ。涼みに入らせてもらいましょうよ。」
 男は慌てて、
「それはいくら何でも駄目だよ。止めようよ。」
「大丈夫よ。ただ休ませてもらうだけなんだから。もう足がくったくたよ。」
 女は男の制止も聞かずにつかつかと開いた掃き出し窓から入って行った。男も止む無しという感じて荷物を運び込み、後に続いた。そこはキッチンの付いた広めの洋間だった。中は思ったよりも近代的だ。
「さあ窓を開けましょう。誠司、向こうの方を開けて来て。」
 男の名は誠治と言うらしい。彼は言われるがまま道路側の窓を開けた。ちょうどその時、誠司の目に一台の軽トラックが飛び込んで来た。軽トラックは田舎道を右手から二人がやってきた方へ走っていたが、彼に気が付いたのか、速度を落としこちらを窺うように見えた。はっとして誠司は顔を引っ込め、じっと身を硬くして耳を澄ませた。どうやら軽トラックは行ってしまったようだ。
「やばいやばい、愛美ぃ。今軽トラに見られちゃったかも。もう早く出たほうがいいよ。」
 愛美と呼ばれた女は、
「馬鹿ねぇ。コソコソしてると逆に変に思われるわよ。堂々としてればいいのよ。お客が来てると思うかも知れないじゃない。」と全く動じない。良く平気でいられるなと半ば呆れながら誠司は、
「そうだ、ちょっとトイレ借りてくるわ。」と部屋を出た。
 用を足して水を流そうとレバーに手を掛けたその時である。車のエンジン音が次第に大きく近付いて来るのに気が付いた。誠司はトイレの水はそのままに、
「来た来た来た!帰って来た!今度こそ、やばいやばい。」と声を潜め早口で言いながら部屋に戻ると、荷物を掴んで庭に駆け下り木の陰に隠れた。
 しばらくしてから、愛美は大丈夫だろうか、誠司は中の様子を見ようと庭を回り込んで家に近付いた。そこは短い廊下で繋がった、別棟の風呂場らしかった。人影が動いて男の咳払いか何かが聞こえ水の音がした。そうだ、今のうちに、と誠司は部屋へと急いだ。窓の外にはまだ愛美の靴があった。
「早く行こう行こう!」
 息せき切って戻った誠司は我が目を疑った。愛美がキッチンで料理をしていたのだ。
「おいおい、何考えてるんだよ!」
「あ、誠司、大丈夫だった?今ここの人がお風呂に入ってる間にちゃちゃっと作って持ってこうと思って。」
「うわー、信じられないよ。そんなのほっといて早く行かないと。もう僕は先に出て待ってるからね!」
 誠司は気が気でなくなり、慌てて荷物を抱えて外に飛び出した。
 愛美はなかなか出て来ない。誠司は物陰に隠れて、暑さのためとは別の、嫌な汗を流しながらじっと待った。と男の伸びをする時のような声が聞こえたかと思うと、既に廊下を母屋に向かって歩き出したようだった。
 もう上がったのか、どうしようどうしよう、早く知らせないと、誠司は焦った。頭の中で計算する。自分が愛美のところに辿り着くのと、男が戻るのと、どう考えても間に合わないと思った。今行けば鉢合わせになる。どうしようどうしよう。誠司は固まり、その場から動く事が出来なくなってしまった。
 家の住人が風呂を出てから10分が経とうとしていた。誠司はじっと外で様子を窺っている。不思議な事にあれから物音一つ聞こえない。愛美はどうしたろう。どこかに隠れたのだろうか。彼女の事だから住人に何か上手い言い訳でもして難を逃れたのだろうか。あるいは他の所からもう外に出たんだろうか。それとも家の男に掴まってしまったのか・・・。誠司はさっき何ですぐに駆け付けなかったんだろうと悔やんで堪らなくなった。

 
 

 それから更に10年が過ぎた。南の島のあの家は今も同じ場所に建っているが、無人のようだ。誠司は、愛美は今どうしているだろうか。はたまた家の住人は。あれから彼らがどうなったか、無人の家は何も教えてくれない。ただあの時と同じように風だけが吹いている。


 


 

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