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死亡通知 二

 男はベッドに仰向けに横たわり、天井を見るともなしに見ながら考えた。どうもおかしい。一体どうなっているんだ。街の様子は普段通りだ。しかしいつまで経っても時間が進まない。太陽の位置も変わらない。誰に声を掛けてもまるで自分が見えていないように無反応だ。
 確かに俺はほとんど人付き合いをしないから道を歩いていても知り合いに出会うこと も無く、誰も俺の方を気にすることも無かった。そういう意味では透明人間のようなものだ。むしろそうであることを好んでいた。 しかし例えば何か店で物を買えばちゃんと対応してもらえるし、たまには見知らぬ人から道を聞かれ答えることもある。こんな風に道でぶつかりそうになりながら、こちらをちらりとも見ず避けるそぶりもせず突進されるなんてことは無かった。
 疲れているんだろうか。嫌な夢でも見てるんだろうか。男は少しも眠くなかったが、目が覚めたら元通りに戻っているかも知れないと期待して無理やり目を閉じた。


  どのくらいの時間が経ったろうか。男はもう十分だと思いゆっくりと目を開けた。期待と不安の中時計を見ると、果たして針は○時○分を指していた。偶然同じ時刻に目覚めるなどということは無いだろう。男は覚悟を決めたような顔をして外出の支度を始めた。
 人や車に注意しながらゆっくりと歩き駅前まで来ると、駅舎の時計を確かめた。やはり時間は止まったままだ。男は件のデパートに入りると売り場を抜け奥にある業務員用の扉を開けて中に消えて行った。
 男はこのデパートで警備員をしている。喫茶店での出来事の後、急いで警備員室に向かったが、男が何を言おうが喚こうが少しも反応が無かったのを、もう一度確認に来たのだった。しかし今回もやはり同じだった。デパート内にいる同僚の誰に当たっても彼に気が付くものはいなかった。
 男はとにかく落ち着いて考えようと思いアパートに帰った。くずかごから拾い出した例の紙を前にしながら、全てはここからおかしくなったのだ、全く迷惑な話だ、誰がこんなことを、それにしても汚い字だな、などと頭を巡らしたが何も思い当たることは無かった。自分はこうして生きているのは確かだし、世の中だって一見何も変わっちゃいない。ただ自分だけまるで別の次元に取り残されてしまったみたいだ。ああ、気が狂いそうだ。いや、もう既に狂ってるんだろうか。いくら考えても答えは出なかった。 
 
 

 その後も男はしばしば職場の様子を見に行ったが結果はいつも期待外れに終わった。そして以前とは反対に、職場を後にした足で喫茶店に向かうのだった。
 男は席に座り店内を観察する。常に同じ光景だ。同じ客達が同じ席で、ある者は新聞を読み、ある者はおしゃべりに興じる。それがいつまでも続き、退屈する様子も無い。ただ男が喫茶店に入って一分程は客の出入りがある。しかしそれが過ぎてしまうと同じ状態で膠着してしまうらしいのだった。
 またこんなことも分かった。例の老人に運ばれて来たコーヒーを試みに男は取り上げてみると、老人は何事も無かったかのようにコーヒーがあったであろう空間に手を伸ばしてから口元に引き寄せ飲む仕草をしたのである。演技とは
思えない。彼にはちゃんとコーヒーが存在しているのだと男は理解した。老人から奪ったコーヒーを飲んでみるとそれは正真正銘のそれであった。こちらの世界にも向こうの世界にも確かにコーヒーは存在しているようである。
  

 男は次第にこの状況を受け入れて行ったが、どうしても自分が死んだとはとても思えなかった。体の感覚は今まで通りだ。もし死んだのならもう少し何かふわふわとした状態になりはしないだろうか。誰か先祖が迎えに来るなり、花畑が見えたりしないものなのか。それとも浮かばれない霊としてこの世を彷徨っているのだろうか。
 しかし、兎にも角にも男は自由になったのだ。もう仕事に行く必要も無ければ、店では何でも黙って手に入れることが出来るから金すら不用だ。
 男は早速高級レストランへ行き、今まで食べたことはもちろん名前を聞いたことも無いような料理を片端から平らげた。和食、中華、フランス料理、イタリア料理、インド料理、アフリカ料理などなど。しかし美食も続けば飽きるものだと知った。しかも一人で食べるのはどんなご馳走でも味気無い。
 自由になったのは良いが男は何とも退屈なことに気が付いた。テレビでは同じ番組が延々と続くので、レンタル店の映画をこれも片端から見て行った。しかしそれも束の間の時間稼ぎにしかならなかった。何しろ時間は止まったまま幾ら使っても無くならないのだから!   
 

 男はいつまでこの状態が続くのだろうかと思った。時間の静止した空間に一人取り残された、この孤独と退屈。ここから抜け出せないのならば死んだ方がましだとさえ思った。大体生きるというのは何なんだろう。人は生まれ、そして必ず死ぬ。その間に何かすることを見付け、家庭を持ち、子孫を残す。ただその繰り返しだ。よく人類は飽きず
に続いて来たものだ。何が嬉しくて生き長らえようというのだろう。踊る阿呆に見る阿呆、自分は見る阿呆で生きて来たが、どちらも阿呆には変わり無い。人間なんてただの阿呆だ。
 ここまで考えると男はふと何か思い付いたような顔をしてアパートの部屋を出た。歩き慣れた道を通りデパートに着くとまっすぐに五階の喫茶店へ向かった。喫茶店に入ると男は席へは向かわず、あるウェイトレスの前で止まった。彼女にはもちろん男の姿は見えていない。男はいきなり女の背中に腕を回すとゆっくりと引き寄せ、彼女の顔に自分の顔を近付けて行った。
 男は密かにこのウェイトレスに恋をしていたのだ。しかし親子以上に年の離れた片思いであることは十分承知していた。
 唇を重ねると男は貪るように女を求めたが、ウェイトレスは目を見開き、ただされるがまま無反応に立ち尽くすだけだった。男はなおもキスを続けながら今度は彼女の胸をまさぐり始めた。しかし女は人形のように微動だにしない。
 程なくして男は我に返った。ああ何て馬鹿なんだ。この唇の感触、確かに彼女は目の前にいるのに別世界の人間なんだ。こんなに虚しいことは無い。本当に阿呆だ。彼女には悪いことをした。男がウェイトレスを離すと、女は何事も無かったかのように仕事を続けるのだった。それから男は二度とこの喫茶店に行くことは無かった。

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