春に寄せて 奴隷博士
春の女神が
長い美しい指で
陰鬱なワルツを奏でるとき
私の五臓六腑はあなたのピアノです
傾いた日の金色の光
あなたの長い髪が私の頬をなでるとき
私の心臓の奏でるイ短調の鼓動に耳を寄せてください
朝露に濡れた原っぱで
あなたの陰毛を拾いました
亀 萩原朔太郎
林あり、
沼あり、
蒼天あり、
ひとの手にはおもみを感じ
しづかに純金の亀ねむる、
この光る、
寂しき自然のいたみにたへ、
ひとの心霊にまさぐりしづむ、
亀は蒼天のふかみにしづむ。
地面の底の病気の顔 萩原朔太郎
地面の底に顔があらはれ、
さみしい病人の顔があらはれ。
地面の底のくらやみに、
うらうら草の茎が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつてゐる、
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、
冬至のころの、
さびしい病気の地面から、
ほそい青竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶるごとくに視え。
地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顔があらはれ。